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神武夏子評

❖都築響一が観察する神武夏子のピアノ人生(2007年10月)

音楽の好き嫌いもよくわからない幼稚園児のころから、有無を言わせず押しつけられるストイックな訓練至上主義。世界中の奏者が同じ作曲家の同じ作品を、なんの疑問もなく一生演奏しつづけ、聴くほうはそのわずかな差異に優劣を見出す、うちわの世界のディテール勝負。

文学や美術のように、すでに完成型としてそこにあるのではなく、つねに演奏されなければ存在することのできない、クラシック音楽という芸術が持つ宿命が、いつも引っかかっていた。

音楽を聴くのは大好きだけれど、クラシック音楽業界の特殊な構造にいつまでもなじめなかった僕は、ある日、「同級生のお姉さん」として神武夏子さんを知った。「ほかの人があまり弾いてないほうが、気が楽でしよ、自分で解釈して弾けばいいんだもの。発掘する大変さばあるけど、較べるものがないのは強みよ!」と言い切る彼女は、青臭い偏見に凝りかたまっていた僕にとって、初めて出会ったリアルなミュージシャンだった。"クラシック音楽のピアニスト"じゃなくて。

彼女のピアノ歴は、優等生的な一本道ではなかった。著名なピアニストであった叔母に幼少時から厳しいレッスンを受けて育ったのに、「だって遊びたいじゃない」とキャリアを中途放棄。ほとんどピアノに触らない中学、高校時代を過ごしたあと、「こんな私がひとりで生きていくためには"手に職"をつけないと」と、ふたたびピアノに戻ったのは音大受験が迫ったころだった。

音大を卒業後、パリ留学を経て東京に帰った神武さんは、おりしもブームとなっていたサティを入口にフランス6人組と出会うことになる。「いまだにクラシック業界では、そんなに認められてない」という6人組の音楽が、ほかのどんな音楽よりも彼女のこころに生気を吹きこんでいった。「"朝の音楽"と"夜の音楽"に分けるなら、6人組は''朝の音楽"」という、爽やかで飾り気のない音世界。それが厚塗りの虚飾をきらう感性と、完壁にマッチしたのだった。

音楽にかぎらず芸術には、過去のお手本にチャレンジしていく人と、「先人の偉業がないほうが好きにできていい」という人の、ふたつのタイプがある。もちろんどっちもありだが、内側へ、内側へと向かっていく世界に風穴を空けてくれるのは、いつも、伝統や過去の評価基準が役に立たないところで孤軍奮闘する人たちだ。

「名曲と言われる曲ばかり弾くのはもういい。こんな音楽、聞いたことないな! と驚いて、喜んでくれる音楽ができたら」と言う神武さん。こういう人がいるから僕のような門外漢だって、居心地悪さを乗り越えてコンサートに通うのだ。

都築響一(写真家・編集者)

❖ナイーブでしなやかな音楽(2005年10月)

神武夏子さんの演奏に出会うまで、フランス6人組のことなどほとんど何も知らなかった。プーランクやオネゲル、ミヨーについて少しは知っていたものの、タイユフエール、デュレ、オーリックは未知の作曲家だった。

ふとしたきっかけで、神武さんが彼らの曲を演奏したCDが出ているのを知り、まずはそれを聴いてみて驚いた。まさしく豊かな話語!遊び心にあふれ酒落ているものの、普遍的な音楽の実にあふれている。神武さんの演奏を聴きながら、ふと頭に浮かんだのはダリの「記憶の固執」という作品。溶けて落ちそうな時計が木の枝に掛かっているあの不思議な絵。始まりからおしまいまで、神武さんが演奏する音楽の時間は正確に流れているようなのだが、何故か背後で時を刻んでいるのは今にも溶け出しそうな軟体の時計というイメージ。神武さんの演奏の中に、時間の呪縛から解放された音楽が聴こえるような気がしたのである。

エリック・サティが6人組の精神的支柱であると聞けばなおさら、その不思議な軟体時計の観念にとりつかれたわたしは、ダリの創作に強烈なイマジネーションを与えたと伝えられるカマンベールチーズをほおばり、酒蔵にしまっておいた貰い物の高価なフランスワインをひっぱりだし、惜しげもなくひと思いに栓をぬいた。わたしにとってのささやかな“祝祭と狂乱の日々”。

そうなのだ!6人組が活躍した時代、祝祭と狂乱の日々と言匡われる1920年代のパリは毎日が活気に溢れかえっていたのだろう。サティ、コクトー、アポリネール、ピカソ‥・新たな時代を拓くアーティストが閥歩する街角。禁酒法を
逃れたヘミングウェイは、ホテル・リッツのバーでフィツツジェラルドとともにドライ・マテイーニの海に漕ぎだし、褐色の女王ジョセフィン・ベーカーの踊りはサンジェルマンの夜を董やかに彩った。日本では関東大震災に国中が揺れていたころのことである。神武夏子さんのリサイタルで聴くことができるのは、そういう時代にパリで青春をおくった若き芸術家たちのナイーブでしなやかな、そしてかぎりなく熱い音楽の数々である。

白柳龍一(音楽プロデューサー)

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