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フランス通信(2005年8月)

❖2005年8月2日
飢えという大量破壊兵器

先週、肥満について書いたあとに、でも世界には12億の人が飢えていて、約2億人の子どもが食糧不足のせいで標準体重以下だということもつけ加えなくてはいけないなと思っていたら、パリに戻ってすぐ、ニジェールの飢饉のニュースがリベラシオン紙の第一面にとりあげられた。

サハラ砂漠南部のサバンナ、サヘル地方にあるニジェールでは、近年干害がつづいている上、昨年の夏バッタの大群に収穫がやられたため、飢饉が予想されていた。人道援助のNGOはもとより、国連も昨年11月、今年の3月、5月と3度にわたって緊急援助を呼びかけたが、国際社会の反応は鈍く、350万人以上が飢饉にさらされる事態に陥った最近、ようやく援助が届き始めたところだという。(参考:「国境なき医師団」日本支部の関連記事
http://www.msf.or.jp/news/news.php?id=2005070102&key=niger)

北朝鮮やジンバブエのように、政治的要因によって引き起こされる飢饉に対する援助は難しいが、今回のニジェールの場合、援助を阻む複雑な政治事情はなかった。1年近く前から警鐘が鳴らされ、防げたはずの災害なだけに、国際社会の罪は重い。国連の緊急援助調整官ヤン・エーゲラン氏は、昨年暮れのアジアの大津波に同情と多額の寄付金がものすごく集まったために、他の地方や国の災害・惨事への関心が薄まることを懸念していたが、その危惧が現実となってしまった。ちなみに国境なき医師団は当時、組織が処置できる額以上が集まったので、寄付金のストップを世論に呼びかけたほどだ(ある緊急援助について募った寄付金を、他の用途には使わないという原則を貫くため)。

災害・惨事も今や、メディアの選択によって見世物のように演出されるから、それからもれた戦乱や災害は一般の人びとの目と耳に入らない。アフリカで繰り返し起きる飢饉やエイズの蔓延は、視聴者が「またか」と感じるのでとりあげないと、報道関係者が言っているほどなのだ(参考:http://www.reliefweb.int/rw/RWB.NSF/db900SID/VBOL-6D8HJW?OpenDocument)。ニジェールの食糧難についてリベラシオン紙は何度か書いたが、ル・モンド紙には今年になって一度しか記事が載らなかった。あるいは、戦乱と病・災害だらけの世の現実は辛いから見たくない、考えたくないという人もいるだろう。でも、せめて何かしたいと思う人には、地道で信用できる人道援助のNGO/NPOに少額でも定期的な寄付をするという手がある。たとえば、41ユーロ(約5700円)あれば、強度の栄養失調に陥った子ども8人×4日分の集中治療が行える。

リベラシオン紙には、ノルマンディー地方の中小企業が画期的な栄養食品をつくっていることも紹介されていた。プランピー・ナットという名のピーナッツ・バター味のペースト(糖、脂肪、ミネラル、ビタミン配合)で、これを毎日3つ食べれば体重がどんどん増えるそうだ。ニジェールの国境なき医師団のチームは、今年の1月以降200トンのプランピーを配給した。粉乳とちがって水に溶かさずにすむし(飲料水の供給も大変なのだ)、持ち運びが便利なので実に効果的だという。この企業は人道援助のNGOや国連だけと取引し、スポーツ選手や軍隊には売らない。ニジェールやコンゴ民主共和国など、まだ少数だが現地のフランチャイズには無料でライセンスを譲る。食品や薬品業界の大企業とはちがって倫理感のある人たちだなあ。(http://www.nutriset.fr/)

それにしても、ついこのあいだのG8でアフリカへの援助について協議した世界で最も豊かな国々の指導者たちの頭には、ヤン・エーゲラン氏の言葉をダダダダーンと撃ち込みたい。「ニジェールの飢饉対策に必要な額は、20分間に使われる軍備費ほどにしかすぎません」。ついでに言えば、国境なき医師団が批判したように、人道援助NGOによる食糧の無料配給を長いあいだ許可しなかったニジェール政府の責任も重い。ニジェールにはウラニウム鉱があるのに、世界で最も貧しい国のひとつだ。

そういえば、イラクがニジェールからウラニウムを買ったという偽情報を口実に、ブッシュはイラク戦争を正当化したんだっけ。ニジェールにある大量破壊兵器とは飢えと貧困だったという事実を報道しなかったら、ジャーナリズムは大本営発表を垂れ流して誇張するプロパガンダ機関になりさがってしまうよ。

❖2005年8月24日
ゾンビよ、目をくらまされるな!

街に人と車が増えてきた。店のショーウィンドーには秋物の新コレクションが飾られ、スーパーでは9月からの新学年に備えて文房具コーナーが増設された。パリ・プラージュもとり除かれ(なにせ、ふだんは車専用の道路のところにつくられるのだ)、巷には「ああ、もう夏休みも終わり」という、そこはかとなくもの悲しい空気が流れている。でも夏の終わりのパリには、今や恒例となった嬉しい行事がある。すべての映画館のすべての回で、3日間映画を3ユーロで観られる「3日間3ユーロ」だ。今年は8月21日~23日に行われた。

3ユーロは今のレートだと400円くらい。通常の映画料金は7ユーロから10ユーロだから、半額以下になる。この手の映画振興イベントの元祖は、「音楽祭り」をつくったラング元文化大臣が85年に始めた「映画祭り」だ。6月下旬の3日間、最初の1本に定価を払えば、次からは何本でも2ユーロで観られる。昨年は、全国5300スクリーンに3日間で430万人の入場客があったという。ところが悔しいことに、わたしはこの映画祭りの恩恵をあまり受けていない。6月末の学年末・バカンス前の時期はいつもめちゃくちゃ忙しくて、とても映画をはしごできる状態にないのだ(それに、すごく混んでいる)。だから、すいているパリの3日間3ユーロは、正直言ってものすごく嬉しい。映画の安さはかつてパリの魅力のひとつだったのに、ゴダールも批判しているように、近頃の映画料金の高さには二の足を踏むものがあるのだ。

というわけで、この機会に見逃していた作品や名画などいろいろ観ようとはりきってプログラムをめくると……軒並み観たい映画がかかっているわけでもない。いつかも書いたように、大手配給網の寡占によって、映画はずいぶん多様性を失ってしまった。運よく、ミハイル・カラトーゾフの『鶴は翔んでいく』(57年)を日曜の晩に2回やっているのを見つけたけれども。

で、先見という観点からちょっと思うところのあったのが、ジョージ・.A・ロメロ監督の新作『ランド・オブ・ザ・デッド』だ(日本では8月27日から放映)。ホラー映画のカルトとなった68年作『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド/ ゾンビの誕生』、78年の『ゾンビ』、85年の『死霊のえじき』につづくゾンビ・シリーズの4作目だ。最近になってこのシリーズのリバイバル駄作がつぎつぎとつくられ、ゾンビのゲームもたくさんあるというが、ロメロ監督は初心を失わず政治的な映画をつくりつづけている(だから、なかなかつくらせてもらえない)。彼は監督になる前、ヴェトナム戦争のニュースフィルムを編集していたそうだが、ヴェトナム戦争中にモノクロでルポのように撮られた1作目は、60年代のカウンターカルチャーの挫折に対する苛立ちから生まれたと本人が述べている。最初のゾンビは、黒人やヒッピーなどマイノリティの象徴だったのだ。(参考:http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20050618 ついでに、このブログのライター町山氏の書いた『スター・ウォーズ エピソードIII/シスの復讐』の批評が、日本の宣伝部から検閲されたというひどい話も読んでみてほしい。http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20050611)。

ショッピングセンターが舞台の2作目は消費社会、3作目はレーガン政権下の右傾化・軍備の批判になっていて、4作目は9.11以降のアメリカのパロディーだ。摩天楼にたてこもった特権階級のボス、カウフマン役を演じるのは、かつてのカウンターカルチャーのヒーロー、『イージー・ライダー』のデニス・ホッパー。今や共和党支持の彼は、シナリオを読んで「カウフマンはラムズフェルドだ」と言ったそうだが、ゾンビ狩りのパトロールシーンを見て、イラク戦争を思い浮かべない人はいないだろう。

ゾンビは1作目より進化して銃も使えるようになったし、仲間の「死」を悲しむ「人間性」も備わったし、リーダーのもとに蜂起するルンペンプロレタリアとなった。ネオリベ政策のせいで貧富の差が広がるあちこちの国では、金持ちが貧乏人やテロリストから財産と身を守るために、貧乏人をガードマンや兵士に雇う図式がどんどんエスカレートしている。そのうちこの映画みたいに、貧乏人やテロリストのほうが圧倒的多数になって殺しきれない状況になるって(あるいは大量破壊をもくろんで自分たちも滅びるって)、みんなどうして思わないのかな。そして、ゾンビも花火に目が眩まなくなれば、やられずにすむかもしれないのだ。今のところはたしかに、みんな目が眩んでいるけどね。ちょっとどうしようもないくらい絶望的に目が眩んでいるけど。

❖2005年8月31日
夢とロマンは戻ってくるか?

8月6日のしりあがりさんの日記に、スポーツや平均寿命の記録がどんどんのびることについて書いてあった。いずれ止まってみんながっかりするんだろうな、と彼は言う。フランスで100年以上昔から毎夏行われている自転車レース、ツール・ド・フランスに関していえば、もうスピード記録は更新しなくていいと思っている人が多いかもしれない。

フランス全土と隣国の一部を駆けめぐるツール・ド・フランスは、スポーツ日刊紙「レキップ」の前身だった自動車・自転車雑誌が1903年に、ライバル紙に対抗するために発明したスポーツイベントだ。初めは2500km弱、6ステージを走る単純な(でもすごく苛酷な)耐久レースだったが、今では3600km、21ステージ、アルプスとピレネーの山越えを含み、チーム順位や個人タイム・トライアルなどさまざまな競争をもりこんだ複雑で技術的な競技となった(苛酷さは変わらない)。発足後たちまち人気を博し、ベルギー、イタリア、スペインなどヨーロッパの近隣国、80年代以降はアメリカ、オーストラリアなど世界各地の出場者とリポーター、そしてもちろん観戦客を集める国際的大スポーツイベントになった。サッカーに次ぎ、全世界でオリンピックより多い視聴者数を誇るという。

今年、ツール・ド・フランスの歴史を新聞・雑誌の記事と写真でつづるアルバムが、迫害を受けるジャーナリストへの支援団体「国境なき記者団」によって「報道の自由のために」刊行された。ページをめくると、過去・現在をとおして無数に存在した(する)フランス好きの日本人がなぜかほとんどはまらなかったツール・ド・フランスの魅力がほのかに伝わってくる。ラジオ・テレビ中継が始まる前のツールは、もっぱらレースを追いかける新聞・雑誌記者の記事によって庶民の目に届いた。各紙誌はこぞって有能な記者や作家を起用し、アルベール・ロンドルやアントワーヌ・ブロンダンなどがルポを執筆していたのだから、おもしろい。以後も、ツールを追う記者たちの筆致はこの文学的伝統を受け継ぎ、わたしのような部外者には解読不可能な表現も多いが、ちょっとした連載小説のような気のきいた読み物になっている。

ツール・ド・フランスは国民的行事なだけに、たいていのフランス人に共通の思い出を想起させる文化的遺産でもある。アンクティル、ボヴェ、メルクス、イノーなどのヒーローや、12回出場して毎回惜しくも敗れた悲劇の英雄プリドールなど、数々の伝説とロマンが生まれた。ところが、技術とスピード記録がどんどん進み、イベント規模も巨大化した世紀末の98年、ドーピング問題が勃発する。そして翌年、癌に打ち勝って復帰したアメリカ選手ランス・アームストロングの登場によって、ツール・ド・フランスはまったく新しい時代を迎えた。

アームストロングと彼のチームは最新最高のテクノロジーと医学、綿密な準備、誤謬のない戦略によって、99年から今年まで圧倒的な強さでレースに君臨し、史上初の7連勝を遂げる。あまりに完璧で強いアームストロングに、ほかの誰もたちうちできない。「昔みたいにライバルどうしの対決がなくなってつまらないよ」と自転車好きの友人は嘆き、ジャーナリストは彼を「神」とか「君主」と呼んで感服しながらも茶化す。昨年アームストロングが、彼のドーピング疑惑にふれた証言をした選手をレースの最中こけにしたというエピソードもあった(99年にもドーピングについて語った選手が彼にいじめられた)が、とにかくアームストロングは完全無欠の優等生で、おまけに癌に打ち勝った強者なのだ。筋肉隆々のスプリンターVS山登りに強い痩せたクライマーの戦いといった自転車レースの文法も書き直された。アームストロングと彼のチームはすべてに平均的に確実に強い。ツールに勝つために訓練されたこの軍団(ほかの主要レースには出ない)に率いられて、レースの平均速度は時速41.8kmにまで上がった(史上最高記録だ)。

そんな超人的パフォーマンスにはついていけないのか、フランス選手たちの成績はかんばしくない。でも、「トレーニングの仕方が悪い」という非難に対して、あるチームのマネージャーになった元自転車選手のエリック・ボワイエは、数学的・科学的アプローチのみの現代の自転車競技は危険だという。コーチに従うことだけが要求され、ひとりの強者のためにチームの他の選手にまったく行動の自由がなくなったら、スポーツの喜びと情熱はどうなるのだと。

喜びどころではなく、ドーピングのせいで若くして命を失った自転車選手もいる。かつてのチャンピオンは人びとに喜びと情熱を伝え、子どもたちに夢を与えた。王宮に閉じこもったランス・アームストロングは何もわかちあわない。彼が引退した機会に、もっと速く、もっと強くという「前方への逃走」はひと休みしてもいいんじゃないだろうか。ツール・ド・フランスに夢とロマンが戻ってくるかもしれない。

追伸:仕事の都合でこの原稿は早めに書いてあったのだが、8月23日、レキップ紙(ツール・ド・フランスを始めた新聞)がアームストロングの99年の尿からドーピング剤EPOが検出されたという記事を発表して、大騒ぎになっている。本人は否定し、アメリカのメディアはフランス人の反米感情(アームストロングはブッシュと仲がいい)だと相手にしていないが、前から疑惑を言っていた選手や元選手をはじめ「今頃言ってももう遅いよ」と反応する人も多い。ドーピングが本当だったら、スポーツ史上最大のいかさまだ。ツール・ド・フランスのこの7年間は悪夢だったのか? 壊された多くのもの(人)を思うと、悪夢ではすまされないけれど。

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